猪に乗った和気清麿(足立山にまつわるお話)
【所在地】 小倉北区妙見町17−2
 
妙見神社
妙見神社
 

 今から千二百年ほど前の奈良時代のお話です。
天皇のおそばに仕える道鏡という僧侶がおりました。
道鏡は天皇の信頼が厚く、たいへん愛されていたので、位がどんどん上がり、次第に権力をふりかざすようになってきた。陰で眉をひそめるものはいても、あからさまに道鏡に反対するものはいなくなってしまいました。
権力を掌中におさめた道鏡は、ついに皇位につきたいという野心を起こしました。
道鏡は「先日、宇佐(大分県)の神さまのお告げがあり、それによりますと、あなたさまのあとは、私、道鏡が皇位を継ぐようにとのことでした。」と、天皇に申し上げたのです。
さすがに、天皇も驚かれました。さっそくその真偽を確かめるために、宇佐八幡宮に和気清麿を派遣されました。その結果、うそのお告げとわかり道鏡の野望は無惨にも打ち砕かれてしまいました。
道鏡は大いに落胆すると同時に、使いとなった和気清麿をたいへん憎みました。
「あのような悪いものが清麿などという名前なのはもってのほかだ。穢麿と改名せよ。」と言い、腹立ちまぎれに清麿の足を傷つけ歩けなくしたばかりか、大隈の国(鹿児島県)へ流すことにしました。
清麿公の乗った船は大隈の国へ赴く途中、宇佐の海岸につくと、なんと猪の群れが現れました。
清麿公がまたがると猪は一気に駆け出し、宇佐八幡宮に駆け込みました。清磨公が神前にひれふすと、「これより北西、豊前国企救郡湯川郷の山の麓に湯がわき出ている。その湯に浸れば足はなおるであろう。」と尊い神のお告げがありました。
 清麿公は神馬をかりて、豊前国へむかいました。神馬は疾風のごとくひたすら走り、野を過ぎ、川を渡り、森を抜け、山を越え、湯川郷まで運んでくれました。神馬の着いたあたりが、竹馬川と呼ばれるようになったともいわれています。
 「これが神さまのお告げにあった湯のでる池か。」
 清麿公はその日から、お告げにしたがって毎日毎日湯を浴びはじめました。
 足の傷は日を追ってみるみる回復し、ついに二十一日目には自分の足でたつことができました。
 「足がたったぞ!足がたったぞ。」喜び勇んだ清麿公は湯の湧く山の頂上に駆け登り、はるか南の宇佐八幡宮へ向かい、お礼を申しました。それから、この山は足が立つ山、足立山と呼ばれるようになったと言われています。
 足が治った清麿は大隈の国に赴きましたが、しばらくして許され都に帰ることができました。
 猪にまたがった清麿公の像は、現在小倉北区の妙見宮の境内に置かれています。
 また小倉南区湯川に水神社があって、その境内にある小さな池のほとりには和氣清麿公水浴の池の石標が立っています。

 
【アクセス】 霧ヶ丘方面行バス 「黒原」下車徒歩15分
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