北九州市環境修学旅行のご案内。エコに取り組む北九州市でしかできない修学旅行を提案します!

北九州市の公害克服の歴史
 北九州市は、わが国重工業の中心地として日本経済を牽引しました。一方で、1960年代に顕在化してきた大気汚染や水質汚濁などの環境問題に、地域住民が苦しみ始めます。ただ住民の多くは鉄鋼や関連産業で暮らしをたてていました。また、当時はまだ、煙突から出る“七色の煙”は発展の象徴でもあったのです。ところが、子どもたちの顔が煤で汚れ、洗濯物は黒ずみ、ぜんそくなどの健康被害もあらわれました。そのため被害の大きかった城山小学校(現在の八幡西区)は、とうとう廃校になりました。

 最初に戸畑の中原婦人会が立ち上がります。メンバーは地区内4ヶ所にシーツやワイシャツを干し、工場から出る煤煙との因果関係を調査しました。産業優先の時代に、地域の声を届けるには明確な根拠が必要でした。彼女たちの活動は1951(昭和26)年に近隣の火力発電所に集じん機を設置させ、女性の力による公害克服の第一歩になりました。その後、戸畑の三六地区婦人会も菓子の空き箱を庭において降灰量を測るなど活動の輪が広がり、1965(昭和40)年には戸畑区婦人会協議会に引き継がれ、不朽のドキュメントとされる8ミリ記録映画「青空がほしい」の自主制作に至り、公害の恐ろしさと婦人会の奮闘ぶりを広く伝えました。

 同じ1965年、北九州市は、大量の降下煤塵(108トン/月/km2)の大気汚染に見舞われ、洞海湾は、魚はおろか大腸菌もすめない状態となり、「死の海」と呼ばれました。市民からの要請により、北九州市は条例制定、下水道・緑地などの環境インフラ整備に着手します。一方、1969(昭和44)年5月スモッグ警報が発令されると、公害がマスコミに大きく取り上げられ、産・学・官と市民が一体となって公害防止に全力をあげることとなりました。市は環境測定データに基づいて企業と徹底的な議論を重ね、改善のための計画を作り、公害防止協定を締結して計画通りの実行を約束しました。洞海湾の水銀などが含まれる有害汚泥は汚染事業者負担の原則に基づいて浚渫工事を行いました。1964(昭和39)年に設置された公害防止対策審議会には、市民代表が参画して公害対策について意見を述べて、具体的な改善が実施されました。また、大学においても公害分野の研究が進められるなど、北九州市の公害は、市民の動きを契機として産学官が一体となって乗り越えた先進的な事例だったのです。
公害に対する取組み
 日本では、公害防止のため「大気汚染防止法」や「水質汚濁防止法」などの多くの法律により、汚染物質の排出規制などが行われています。1970(昭和45)年、公害国会で法規制が整備されるとともに、北九州市ではすでに制定されていた「北九州市公害防止条例」を全面改定し、法律では規制の対象とならない小規模な施設に対しても、法律と同様の規制を適用するほか、さまざまな措置が盛り込まれました。
 また、新たに工場が進出する際に公害審査を行い、必要に応じて条例に基づく「公害防止協定」を結びます。これは、北九州市と企業の間で締結するものです。現在、約90件の協定が締結されています。法律では求められていない公害除去施設の設置や、汚染物質の排出量などについて取り決められていて実効性の高いものです。
 これらの取り組みは、“七色の煙”といわれた大気汚染、そして“死の海・洞海湾”といわれた水質汚濁などの1960年代の公害克服に大いに貢献しました。

 1968(昭和43)年に、公害防止のための施設を設置・改善する市内の中小企業者へ資金融資や利子補給を行う「北九州市公害防止資金融資制度」が創設されました。1998年度からは、排気ガス対策として電気・天然ガス自動車などの低公害車購入にも融資対象を広げ、発足からの融資実績は、305件(30億2,120万円)となっています。
 一方、1995年度に、大型ディーゼル車を最新の規制適合車などへ買い替えた場合に助成を行う「北九州市環境改善事業施設等整備助成制度」が創設されました。これまでに、バス59台、トラック27台、塵芥車1台の買い替えに助成しています。
 いずれの制度も、公害防止の目的を達成したことから、融資制度については、2009年度末に、助成制度については、2010年度末に制度を終了しています。

 北九州市は、大気汚染による健康被害を把握するため、1960(昭和35)年から疫学調査に取り組み、大気汚染の著しい地域に非定型のぜん息様疾患の発生率が高いことがわかりました。数多くの疫学調査をうけて、1973(昭和48)年には、洞海湾周辺の48km2が「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」による地域に指定され、医療費などの給付が開始されました。1974(昭和49)年には、「公害健康被害補償法」が施行され、医療費の全額負担と損害に対する補償給付が始まりました。現在、地域指定は解除されましたが、すでに認定された患者には補償給付と保健福祉事業が行われています。
世界に広がる環境国際協力
 北九州市は、中国・大連市との環境協力などを通じて、きめ細かな支援・指導や地域住民との協働など、地方自治体ならではの国際協力の有効性、重要性を認識してきました。そこで、都市間の活動をさらに推進するため、都市間ネットワークを提案・実現し、さまざまな取り組みを始めてきました。

 これまで北九州市は、1997(平成9)年に設立された「アジア環境協力都市ネットワーク」や、2000(平成12)年に設立された「北九州イニシアティブネットワーク」を通じて、公害が進むアジア・太平洋地域の都市へ北九州市をモデルとした環境改善や、各都市の経験共有を進めてきました。
 2010(平成22)年、新たなネットワークづくりとして、「アジア環境都市機構」を創設しました。この機構は、前記の2つのネットワークを再編し、より効果的な運営を目指すとともに、2004(平成16)年に設立された「東アジア経済交流推進機構環境部会」とも連携しながら、低炭素社会づくりのアジア地域への移転を目標としています。

 発展途上国の諸都市で大きな課題となっている「ごみの適正処理」を実現するため、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンなどの東南アジアの国々で「北九州(KitaQ)方式コンポスト事業」を実施しています。これは、平成14年度からインドネシア・スラバヤ市においてJ-POWERグループ株式会社ジェイペック若松環境研究所の髙倉弘二氏が開発した生ごみコンポスト化技術(髙倉方式生ごみ堆肥化技術)を活用した廃棄物管理事業のことです。市民やNPO団体などとともに、コミュニティでの生ごみ堆肥化や資源化物の分別促進、啓発活動・環境教育の拡充、市場ごみの堆肥化活動導入などを行い廃棄物の削減を実現させる総合的な取り組みで、北九州市の廃棄物管理行政のノウハウも活かされています。特に、インドネシア・スラバヤ市では、コミュニティにおける環境改善、コミュニケーション強化、雇用の創出などの効果が生まれ、各都市のモデルとして普及を図っています。

 北九州市のこのような取り組みは、国際的な評価向上やPR、研修や視察の受け入れによる地域活性化、地場企業の環境国際ビジネス展開などにもつながっています。また、世界中の都市間で、環境を通じたつながりができることは、国家間の協力関係を補完する重要な役割を果たすことになります。